日本舞踊の稽古って、どんなことをするの?師弟の距離で磨かれる「振り」と余白

執筆 ・ 資料提供 : 阿部さとみ(舞踊評論家)|
写真 : 菅原康太|舞台写真提供 :(公社)日本舞踊協会

この記事のポイント!

日本舞踊のお稽古と聞くと、「着物で静かに、型を反復するのかな?」と想像する方が多いかもしれません。
ところが実際は、先生が手本を示し、すぐに作品世界に入るそんなダイナミックな面もあります。
振りはどんなふうに教わるのか。稽古のスケジュールは?譜面はあるの?そして師弟関係にはどんな空気が流れているのか。
日本舞踊の稽古場のリアルを、少しだけのぞいてみましょう。

日本舞踊の稽古とはどんなもの?
バレエとは違うの?——

日本舞踊の稽古は基本的に、先生と弟子が一対一で行います。稽古場では先生が手本を示し、弟子はその動きを「見て・真似て・直される」という形で進んでいきます。この時、稽古場や作品、先生のやり方によっては「鏡稽古」と呼ばれる教え方が行われることもあります。先生と弟子が向かい合って立ち、先生が本来の振りをあえて左右反転させて見せてくださる方法です。たとえば右手を上げるところを左手で示す、といった具合です。弟子はその動きをなぞることで、振りを身につけていきます。
日本舞踊の稽古がバレエなどと大きく違うのは、必ずしも「基本の型を反復してから作品に入る」という順序ではないことです。バレエにはバーレッスンがあり、基礎の型を整えてから作品へ進みます。一方、日本舞踊では曲をかけ、最初から作品を踊り始めることが珍しくありません。というのも古典作品には、歩き方、立ち姿、視線、扇の扱い、間(ま)の取り方など、基礎が一曲の中に“埋め込まれている”からです。作品そのものが教材であり、繰り返すほど基本が身体に馴染んでいくのです。また、バレエのレッスンでは鏡を見て自分の姿を確認しながら動きを整えますが、日本舞踊の稽古では通常、鏡を使わないのも特徴といえるでしょう。

稽古のスケジュール
本番前と稽古日の流れ

稽古の頻度は、趣味として習う場合とプロの舞踊家とで大きく異なります。趣味のお稽古では、週に一度、あるいは月に数回など、じっくり時間をかけて積み上げていくことが多いでしょう。いっぽうプロは、本番に向けて短期間で振りを固め、合わせ、仕上げていきます。
プロの場合、近年は、振りを「映像」で共有するケースも増えました。昔のように稽古場でしか振りを知ることができない状況ではなく、舞踊家が自主練習で予習できるようになったのは大きな変化です。その結果、数回の稽古で合わせ、本番へ向かうスピードも速くなっています。

どうやって覚える?
舞踊譜はある?

日本舞踊には、界全体で統一された「振りの譜面」はありません。舞踊譜という考え方自体は存在しますが、共通規格として広く用いられているわけではなく、流派によって、また師匠や個人によって方法が異なります。だからこそ、振りは身体を通じて受け渡されるのです。先生の舞や踊りを見て、その“型”だけではなく意味や心を取り込んでいきます。先生の技芸を弟子の身体に移し替えていく。ここに日本舞踊ならではの伝承の仕組みがあります。
「同じ振りをなぞる」だけなら簡単に思えるかもしれません。しかし実際には、そこに時間がかかります。振りは単なる動作ではなく、役の言葉であったり、風景描写であるからです。手を上げる、顔を向ける、扇を開く。その一つひとつが、演劇のセリフやナレーションのように意味を持っています。

師弟関係の思い出
厳しさと親近感の間(あいだ)

日本舞踊の師弟関係には、独特の距離があります。昔は先生が三味線を弾き、唄いながら稽古をつけることもありました。
覚えが悪いと、三味線の撥が飛んできた、という笑えない、けれども時代のリアルな話も残っています。
また作品によっては、冒頭の「駕籠から出る」振りだけで何日もかかった、ということもあります。ゆっくり立つ、重心を移す、目線を運ぶ、それだけなのに足腰が立たなくなるほど消耗します。静かな所作ほど、身体の精度と精神の集中が問われるのです。そして、師匠に「烏は白い」と言われたらそれを受け入れる。そんな比喩で語られる世界でもあります。もちろん現代ではそうしたことも少なくなりましたが、そもそも師匠というのは“推し”の始まり、その先生が好きで習い始めるのですから、その型と心を受け継ぐ喜びもあります。また長く習ううちに、師弟の間には家族のような情や親近感も生まれます。厳しさと温かさが同居する人間関係。それが稽古の魅力でもあります。

日本舞踊の稽古の歴史とは?
歌舞伎から、お稽古事、そしてプロの誕生

日本舞踊の稽古のルーツは江戸時代。歌舞伎の舞台で踊られている演目を「自分も踊ってみたい」と思う人々が現れ、稽古場が整えられ、礼儀作法も含めて習う文化が育ちました。やがて良家の子女の情操教育の一環として広がります。また明治期に入ると日本舞踊は歌舞伎から独立し、後にプロの日本舞踊家が生まれました。さらに舞台で輝く舞踊家への憧れが、入門の動機となり、日本舞踊は、興隆の時を迎えたのです。

新作の創造 ——

新作の創造には、膨大な時間がかかります。まずドラマツルギー(構成)を練り、詞を紡ぐ、そして詞に基づく曲を作り、そこから振りを付けていきます。日本舞踊において「振り」は、演劇におけるセリフやナレーションといったものです。振りが付いた後に、その表現、つまり踊り方を練り上げていきます。この工程が作品の深度を決めます。同じ振りでも間や運びが変われば、投影される風景が変わるのです。

西洋ダンスとの違い
そして「余白の美」

バレエが「理想の形や角度」を厳密に追求するのに対し、日本舞踊は「風景を描写すること」に重きを置きます。たとえば月を見る所作に、角度の正解が一つだけあるわけではありません。観客に「月を見ている」と伝われば成立する、この解釈の余白こそが、踊り手ごとのバリエーションや個性、そして魅力に繋がっていきます。

伝統の継承と現代
流派を超えて、違いを生かす

かつては流派ごとの個性が、ひと目で分かるほど際立っていました。現在は流派を超えたコラボレーションも増えていますが、それぞれの流儀が持つ本質的な違い、古典の重みを正しく伝えていくことは、いまなお重要な課題です。変わるものと変えてはいけないもの。そのバランスを稽古場で探り続けることが、次の時代の日本舞踊を育てます。

舞台という稽古の結晶 ——

このように日本舞踊の稽古は、振りを覚えるだけの時間ではありません。風景を描くために、身体と感覚と言葉を磨く時間です。鏡稽古に象徴されるように、先生の身体を“映し身”として借りながら、自分の舞台の姿を作っていく、そうした積み重ねが、舞台上の一瞬に凝縮されます。こうしたお稽古の結果は、日本舞踊協会公演などで実際にご覧いただけます。ぜひ劇場で、日本舞踊が描く風景に出会ってみてください!

第67回日本舞踊協会公演

2026年2月14日・15日(土・日)、浅草公会堂にて開催!
人気の古典舞踊や近現代の創作舞踊、そして上方舞まで、
日本舞踊ならではのバラエティ豊かな演目を
2日間にわたってご覧に入れます。
日本舞踊界のベテランから若手まで、
第一線で活躍する舞踊家が流派を超えて共演。
現代までいきいきと受け継がれてきた日本舞踊の豊かな魅力を
ぜひ劇場でご堪能ください。

阿部さとみ

会社員時代に日本舞踊の世界に魅了され、大学・大学院にて歌舞伎・舞踊等を本格的に学ぶ。
現在は、講座、解説執筆などを通じて、古典の世界と現代を繋ぐ「架け橋」となることを目指している。
東京新聞にコラム「花に舞い踊る」、月刊「日本舞踊」にエッセイ「リボンの夢」を連載中。
web:日本芸術文化振興会(国立劇場)文化デジタルライブラリー ・ 舞台芸術教材「歌舞伎舞踊」他を執筆。

新内節・長唄・日本舞踊の魅力を垣間見るひととき!
江戸東京伝統芸能祭プレイベントライブレポート

このコラムについて
企画
  • 主催企画
ジャンル
  • 日本舞踊
対象
  • 入門者向け