2025年度から新たに始まる「江戸東京伝統芸能祭」は、半世紀以上にわたり親しまれてきた「都民芸術フェスティバル」を継承し、能楽、日本舞踊、邦楽、寄席芸能、民俗芸能など、日本の伝統芸能に特化した祭典として生まれ変わりました。本格的な舞台公演から、気軽に参加できる体験型ワークショップまで、子どもから大人まで幅広い世代にお楽しみいただけます。

インタビュアー・編集 : 渡邉陽子|撮影 : 土居政則

右から囃子方の堅田喜三久さん ・ 太夫の竹本京之助さん
江戸時代から続く伝統の響きを、現代へとつなぐ「第55回邦楽演奏会」。
本公演に出演する囃子方の堅田喜三久さんと、義太夫の太夫を務める竹本京之助さんに、その道の面白さをうかがいました。
指揮者なしで呼吸を合わせる囃子の醍醐味、三味線と響き合い物語を語る義太夫の奥深さ。
第一線で活躍するおふたりが、自身の経験を交えて邦楽の魅力を語ります。
名曲「勧進帳」や「五条橋」の聞きどころも、併せてご紹介!
—— 最初に、堅田さんには囃子方の、京之助さんには義太夫のご紹介をお願いします。
堅田喜三久(以下、喜三久) : 囃子方は、能楽の伝統を源流とし、歌舞伎とともに発展した三味線音楽の専門職です。私たちは、笛、小鼓、大鼓、太鼓からなる「四拍子(しびょうし)」を核に舞台を彩ります。互いの掛け声と呼吸を頼りに、その瞬間の音をひとつにつなげていくアンサンブル形式が最大の特徴です。なかでも「鼓」は、胴に張った革を紐で締め、その握る強さによって音色を自在に変える、湿気にも敏感な非常に繊細な楽器です。私たちの役割は単にリズムを刻むことではありません。唄や三味線を立てるためにあえて音を引く「音の引き算」を追求し、全体の流れの中で音楽の呼吸を形づくることこそが、囃子方の真の技量だと考えています。
竹本京之助(以下、京之助) : 義太夫は、江戸時代初期に大阪の竹本義太夫によって確立された人形浄瑠璃の音楽です。太夫と重厚な音色の太棹(ふとざお)三味線によって構成される「語りもの」の代表格であり、邦楽の中でもとりわけダイナミックな迫力を持っています。腹の底から発する声であらゆる人物をひとりで語り分け、その生き方や息遣いまでも描き出す、いわば「究極の演劇」です。力強さが際立つ一方で、その裏にある繊細な心の揺れをどう表すかに語り手の個性が現れます。物語に込められた喜怒哀楽は、現代を生きる私たちの心にも通じるものです。


―― おふたりがそれぞれ囃子方、義太夫節の太夫の道に進まれた経緯をお聞かせください。
京之助 : 私はもともと舞台役者として活動していましたが、声が枯れやすいことに悩み、喉を痛めない発声法を模索していました。その過程で文楽を観た際、長時間にわたり声を枯らすことなく語り続ける太夫の圧倒的な声量と持続力に衝撃を受けました。さらにご縁を通じて、現在の師匠の語りを近くで聴いた時のスケールの大きさ、かっこよさに心が震えました。その後も奇跡のようなご縁が重なり、道はこちらに向いているような気がして、入門を決意しました。
実際に取り組んでみると、義太夫はまさに「究極の演劇」でした。女優は年齢に応じた役を演じることが一般的ですが、義太夫では声ひとつで若者から老人まで自在に表現できます。声だけで人物の人生を立ち上げられる世界に、大きな可能性と魅力を感じています。
喜三久 : 父である人間国宝・三代目堅田喜三久から、直接「後を継いでほしい」と言われたことはありませんでした。そのため当初は囃子方になるつもりもなかったのですが、何も言われなかったからこそ、かえって「自分はこの道に進むのだ」という思いが芽生えたのだと思います。大学卒業後はいったん就職しましたが、早い段階で父と同じ世界に身を置くことになりました。とはいえ、父から細かい手ほどきを受けた記憶はほとんどありません。父が指導していたカルチャーセンター(!?)で一般の受講生の方々とともに基礎を学び、あとは現場で先輩方の演奏を見聞きしながら体で覚えていきました。
―― 邦楽演奏家として、おふたりはどのような日常をお過ごしでしょうか。
喜三久 : 日中に公演のある日は、朝からその日の演目に合わせて使用する鳴物楽器を選び、開演の1時間前に現場に入ります。多い日は15番ほどの出番をこなし、帰宅は夜8時頃。就寝は午前3時頃です。
京之助 : 義太夫は曲数が多く1曲も長いため、演目ごとに三味線方と稽古を重ね、稽古場を移動しながら1日を過ごします。合間に次の曲の内容を整理し、家では発声にも時間をかけています。公演日は朝に支度を整え、終演後は出演者や、応援してくださっている方々と食事をして帰ることが多いですね。


見るからに覚えるのが難しそうな…義太夫の台本
―― 仕事のやりがいや面白さ、そして大変なことをお聞かせください。
喜三久 : やりがいは、お囃子特有の一発勝負の瞬間にあります。三味線の息や舞踊家の動き、お囃子同士のコンタクトが決まったときは最高に面白いですね。指揮者がいないので、場の空気を読み、ときに先打ちをして流れを導く緊張感と即応性も魅力です。その即応性は現場の積み重ねの中で磨かれるものであり、舞台ごとに条件が異なる難しさも含めて、この仕事ならではの醍醐味だと感じています。
京之助 : 長く考え続けてきた課題が、ふとした瞬間に解けることがあります。「こうではないか」と思ったことが腑に落ちる瞬間の喜びは格別です。義太夫は曲ごとに語り口や息の使い方が異なり、習得には時間がかかります。しかし別の曲に取り組む中で以前の疑問が解けたり、同じ曲でも後年になって新たな発見があったりします。楽しさと難しさは常に隣り合わせですが、積み重ねた時間が思いがけない形で実を結ぶところに、この道のやりがいがあります。
―― おふたりにとって邦楽の魅力とはなんでしょう。
喜三久 : 指揮者なしでも音楽が自然に揃っていくところに、邦楽の大きな魅力があります。日本人の「察する文化」の究極の形とも言えるのではないでしょうか。長唄では三味線が、お囃子では立鼓(たてつづみ)がコンダクターとなり、奏者同士が四方八方へサインを送り合いながら音を築いていきます。言葉を交わさずとも気配を読み取り、音がひとつに結実する瞬間に、日本人ならではの精神性を感じます。
京之助 : 三味線弾きさんと向き合っていると、相手の迷いや気迫までもが伝わってくるような濃密な時間があり、その緊張感こそが邦楽の魅力だと感じます。また、義太夫には家元制度がないため、流派を越えてさまざまな三味線方と組むことができます。出会いごとに新たな表現が生まれる自由さもいいですね。


―― 邦楽になじみのない方でも、邦楽を楽しめる方法などあればお聞かせください。
京之助 : まずは「やってみる」ことをおすすめします。実際に体験すると、その難しさと面白さが実感できます。お稽古に来る初心者の方も、最初は「ただ声を出すだけ」と思われていますが、実際にやってみると「こんなに声が出ないものか」と驚かれます。思い通りにできないからこそ、その難しさがわかってきたときに面白さが生まれます。そのためにも、ワークショップや体験講座のような、気軽にお稽古ができる環境が増えてほしいですね。幼少時に一度でも和楽器を体験していれば、大人になってからもお祭りなどに気軽に参加でき、一生親しめますから。
また、古典のお話の設定は複雑ですが、事前にあらすじや登場人物を知っておくと、舞台が格段に理解しやすくなります。最近は解説がつくなど初心者の方にわかりやすい工夫もされていますが、手元の詞章(ししょう)ばかり見ていると、せっかくの演奏が耳に入らなくなってしまいます。あらかじめ情報を入れておけば、自然と聞こえてくる言葉が増え、より深く楽しめると思います。
喜三久 : 現代は趣味が多様化し、邦楽に親しむ人が増えにくいのも無理はない面があります。私が客員講師を務める短大でも、邦楽に関心を示さない学生が少なくなく、残念に感じることがあります。しかし、自国の文化に目を向けないのは惜しいことです。お囃子の理(ことわり)をひとつ知るだけでも、唯一無二の表現を生み出す力になります。若い世代にはとっつきにくい部分があるかもしれませんが、一度はまればその奥行きは計り知れません。これほど魅力的な素材が身近にあることに、ひとりでも多くの方に気づいてほしいと願っています。

―― 第55回邦楽演奏会で、京之助さんは第一部の「鬼一法眼三略巻 五条橋の段」(きいちほうげんさんりゃくのまき ごじょうばしのだん)、堅田さんは第二部の「勧進帳」に出演されます。それぞれの演目のご紹介、そして聞きどころについて教えてください。
京之助 : 「鬼一法眼三略巻」は、享保16(1731)年に大坂の竹本座で初演された人形浄瑠璃の作品です。今回上演する「五条橋」は、若き日の源義経である牛若丸と、怪力無双の弁慶が出会う爽快な場面です。華奢な牛若丸が圧倒的な力を持つ弁慶をひらりとかわし、最後には敗北を認めた弁慶が潔く弟子入りを願い出るという、日本人に長く親しまれてきた物語です。義太夫では、単に声だけで人物を作り分けるのではなく、人物の性根や息遣いを「腹を変える」ことで表現します。弁慶ひとりをとっても、語り手によって立ち上がる人物像は大きく異なります。ぜひ、腹から出る気迫そのものに耳を傾けていただければと思います。
喜三久 : 「勧進帳」は、能の「安宅(あたか)」を題材とし、天保11(1840)年に初演された歌舞伎舞踊の代表作です。源義経一行が山伏に変装して安宅の関を越えようとする緊迫した物語ですが、音楽的構成の巧みさも際立っています。格調高い長唄とお囃子が融合し、特に後半の「延年の舞」から幕切れまでは、歌舞伎音楽の完成形のひとつとも言える盛り上がりを見せます。演奏会では難解な曲が選ばれることもありますが、今回はお客さまの視点に立った、まさに「楽しんでいただくための選曲」です。厳かな囃子のソロから始まり、最後は「相方」に乗って一気に駆け抜ける。20分を超える長さを感じさせない躍動感は、まさに邦楽界のヒット曲と言えるでしょう。物語のあらすじを超えた、純粋な音楽の力を体感してください。
―― 邦楽演奏会についての思いをお聞かせください。併せて第55回邦楽演奏会に関するメッセージをお願いします。
喜三久 : 邦楽演奏会は、みなさまが古典の魅力の凝縮された演目に出会える場であってほしいと思っています。「勧進帳」は、「昔の人にもっとこうした名曲をたくさん作っておいてほしかった」と感じるほど、音楽的構成が抜群に優れた曲です。この名曲を心を込めて演奏しますので、ぜひ会場でご覧いただければ幸いです。
京之助 : この演奏会は、駆け出し時代に師匠のお手伝いで何度も通った思い出深い場であり、そこに出演できることを感慨深く思っています。ジャンルごとの個性を発見したり、演奏者による表現の違いを感じたりできるのも、この演奏会ならではの醍醐味です。義太夫節はもちろん、邦楽の多彩な魅力をぜひ会場で味わってください。邦楽は最高のエンターテインメントです!

2026年3月7日(土)、三越劇場にて開催!
長唄・清元・新内・三曲・義太夫という各ジャンルが育んできた個性豊かな音色が一堂に会し、
邦楽の魅力を余すところなく堪能できる特別プログラム。
第1部は「様々な邦楽」と題し、尺八、義太夫、新内、長唄、琵琶、一中節の6ジャンルの演奏をお届けします。
第2部は「聴く歌舞伎」と題し、歌舞伎に登場する5つの演目を演奏します。
さらには特別企画として、古典芸能解説者 ・ 葛西聖司さんと歌舞伎俳優 ・ 中村鷹之資さんによる対談も実現。
日本の伝統音楽の多彩な響きと文化を満喫するだけでなく、その奥深さにも踏み込めるひとときをお楽しみください。
四世 堅田喜三久
1967年、人間国宝 三世堅田喜三久の次男として東京に生まれる。
1990年、明治大学卒業後、父、喜三久のもとで演奏活動を始める。
1998年、四代目堅田新十郎を襲名。2025年、四世堅田喜三久を襲名。
現在、邦楽囃子方として、舞踊公演、歌舞伎公演、NHK「芸能きわみ堂」等、
テレビ、ラジオ、CD、また海外でも演奏活動を行う。
現在、桐朋学園芸術短期大学講師、重要無形文化財「長唄」総合認定保持者、
重要無形文化財「日本舞踊」総合認定保持者。竹本京之助
東京都出身。2004年、竹本駒之助に入門。2006年10月、国立演芸場にて初舞台。
2015年3月、義太夫協会新人奨励賞受賞。2018年7月、つがじゅの会(鶴澤津賀寿主催)出演。
2022年4月、国立劇場主催『明日をになう新進の舞踊・邦楽鑑賞会』出演。
2022年7月より【京之助の会】を主催。その他、定例公演『女流義太夫演奏会』、若手演奏会等出演。
文化庁「文化芸術による子供育成事業」やアーツカウンシル東京主催事業などに参加。