2025年度から新たに始まる「江戸東京伝統芸能祭」は、半世紀以上にわたり親しまれてきた「都民芸術フェスティバル」を継承し、能楽、日本舞踊、邦楽、寄席芸能、民俗芸能など、日本の伝統芸能に特化した祭典として生まれ変わりました。本格的な舞台公演から、気軽に参加できる体験型ワークショップまで、子どもから大人まで幅広い世代にお楽しみいただけます。

インタビュアー : 石橋幹己|写真提供 : 橫川朋弥|編集 : 片桐文子

作曲する橫川朋弥さん
後編は、新作《星摘み》誕生の舞台裏のお話!
西洋の音楽とは根本的にちがう、雅楽の世界観。「星」と雅楽の意外なつながり。そして、初演に立ち会う作曲家の心理とは……!?
—— 新作《星摘み》の作曲にあたって、どのような苦労や楽しさがあったのでしょうか。雅楽の楽器は初挑戦ということでしたが。
橫川朋弥(以下、橫川) : 新作委嘱のお話を頂いたときは、もう嬉しくて飛び上がりたいくらいでした。ずっと、雅楽の曲を書きたい、と思っていたので……
ただ正直なところ、改めて雅楽の文化や理論を研究していくうちに、自分の音楽として作曲するなんて畏(おそ)れ多い、という気持ちになりました。
雅楽の歴史は本当に古く、紀元前の古代中国(殷や周の時代)にすでに正式な音階が確立された。そして日本では800年代に、日本式の雅楽の音楽理論がまとめられたそうです。西洋音楽とは違う音階や調子があったり、拍節やリズムの感覚も違う。
たとえば、笙(しょう)が鳴らす音と、篳篥(ひちりき)が鳴らしている音では微妙に音程の違いがある。でも、その違いがぶつかり合うことで美しい響きが生まれる。この音程のずれは、日本人特有の音程感覚や美学から生み出され、長い年月をかけてさらに美しく磨き上げられてきたものなのだということを知って、深く感動するとともに、作曲することが畏れ多く感じられたのです。
ヨーロッパの楽器は、すべての音域ですべての音、いわゆる12音を均等に出せるように進化してきました。しかし笙は逆に、もともとあったはずのリードを無くして、音を出なくさせている竹管もある。こんなふうに逆に制限をかけ、リデュース(削減)していくという考え方がすごく面白いなと思いました。
尺八も、一時期、七孔の楽器が出てきましたが、やはり五孔、5つの穴しかない楽器のほうが音色がいい、と言われたりしています。日本の音楽では、音に対する発想が根本から違う、と感じます。
—— 実際に雅楽の新曲に取り組んでみて、そのプロセスはどんなものでしたか?
橫川 : 非常に難しかったです。やはり、作曲したことのない楽器なので、本当に自分が想像している通りに響くのか。これはいまだに確証が持てていません。
—— ドイツでは、日本の伝統音楽のコンサートや書籍などの資料に触れられる機会が限られているでしょうから、大変ですね。
橫川 : はい、情報収集がいちばん大変でした。以前、能を研究していたときは、日本に一時帰国した折に、関連書やDVDなどをたくさん購入して帰りました。雅楽の作曲でも、情報収集には苦労しましたね。
私は研究者ではなく作曲家ですから、いろいろな情報をどう自分の音楽に変換するか、というプロセスに最も重きを置くわけです。「自分がどう感じるか」が大切なのですが、インプットできる情報が限られるのは大きなフラストレーションでした。やはりライブ(生)で聴けないというのは、とても難しい。想像力の限界を迎えてしまうというところがあります。
—— ほかに苦労された点は?
橫川 : 例えば、低音が欲しかったら、ふつうは低音の楽器を加えればいいのですが、雅楽の場合、低音が出るのは琵琶(びわ)しかありません。でも琵琶は、弦をはじいて音を出す撥弦(はつげん)楽器なので、長く持続する音は出せない。低音の底上げにならないんです。もっとドラマチックな響きにしたいときに、じゃあ、どうしたらいいのか。試行錯誤の連続でした。
もう一つ、それぞれの楽器が12の半音階すべてを使えるわけではないので、「この音が欲しい」というときに、出せない。どうしよう、と考えたとき、あえてその音を使うのではなくて、欲しい音の近くの音を使って別の楽器で補強する、といった工夫をしました。
そういった制限というか、技術的な難しさはありましたが、いろいろな工夫を通して新しい響きが生まれ、感動する瞬間がたくさんありました。苦労しましたが、とても楽しいプロセスでした。

作曲する橫川朋弥さん
—— 《星摘み》というタイトルには、どんな思いが込められているのでしょうか?
橫川 : 星をテーマにした曲を書きたい、という思いをもったのは、2025年に6か月間、ドイツ中北部のシュライアーンという小さな集落に滞在したときでした。アーティストのためのレジデンス施設があるのですが、通りにはほとんど街灯がなく、夜10時を過ぎると周りの家々の明かりも消えて、漆黒の闇に包まれる。こんなに光り輝く星空というのを、人生で初めて見ました。何か強いメッセージを受け取った気がしました。

シュライアーンの夕景
—— 《星摘み》というタイトルを最初にうかがったとき、とてもいいなと思ったんです。雅楽は平安時代、主に天皇が聴く音楽だったわけですが、雅楽を楽しみながら、天体の動きをイメージしていたという説があります。繰り返し流れる音楽は、永遠に世界が続いていく、世の中が回っていくことを表し、それを俯瞰的に眺めることで、天体の動き・世の中の動きを掌中(しょうちゅう)に収める。そういった世界観と《星摘み》というタイトルはつながる、と感じました。
橫川 : ありがとうございます。私は作曲するときは、まず音、何かの音が自分の中で流れていないか、そこにすごく時間を費やします。自分の中で流れた音を、まるで掴(つか)みとるかのように作曲をします。
その音というのは、自分ではなくて、何か別の精神世界との対話から生まれてくる気がします。なにか神聖なもの、一種スピリチュアルなのです。ですから、作曲している時間は、私にとって神聖で、不可侵なものです。
そして、音を掴みとるために、「聴く」ことをとても大切にしています。他の人の曲を聴くときも、私はもう100%の力を使って、アクティブに積極的に音楽を聴く。それが作曲に対する私の姿勢も形作っていると思います。
《星摘み》に関しては、伝統的な神楽(かぐら)の音楽も、影響していると思います。今上陛下が即位されたとき、神楽をYouTube配信しているのを見ました。大きな篝火(かがりび)の映像に神楽の歌が響いていて、神聖な気持ちになりました。それがずっと心の奥底に残っていて、この曲に響いている気がします。

雅楽のための《星摘み》スコア
—— さて、《星摘み》初演の日が近づいてきました。新作の初演に立ち会うのは、どんなお気持ちですか?
橫川 : 実は、とても不安です(笑)。初演に立ち会うときは、いつも心臓がどきどきして、大変なんです。これは、作曲家ならではかもしれないですね。出産に立ち会う気持ちと同じかもしれません。自分の子供がちゃんと生まれてきてくれるか、一体どういう音が響いてくるのか……すごく複雑な気分です。
演奏してくださる方々には、本当に感謝しかありません。新曲に対して、こうして積極的に関わってくださることは当たり前のことではない、と常々感じています。
—— 最後に、お客様に伝えたいメッセージをお願いします。
橫川 : まずは、難しく考えずに、ふらっと立ち寄って、こういうものもあるんだな、と気楽に聞いていただければ嬉しいです。
世界のグローバル化が進むなかで、日本はいったいどういう国なのか、日々、考えさせられる時代になっていると思います。私は海外に住んでいますが、やはり、自分の国の良さ、日本文化の素晴らしさを改めて感じます。今回のコンサートではそれを見て、感じることができると思って、私自身、楽しみにしています。

古代に大陸から日本へ伝来し、千年以上にわたって継承されてきた雅楽。
若手演奏家が集い、古典から現代作曲家による新作まで、時空を超えた作品に挑みます。
プログラムは、《蘭陵王(らんりょうおう)》や《胡飲酒(こんじゅ)》など古典の名曲で幕を開けます。これぞ雅楽!平安時代に宮中で繰り広げられていた、雅(みやび)な響きと舞をお楽しみください。
続いては、珍しい曲の貴重な演奏。敦煌(とんこう)で発掘された琵琶譜(9~10世紀のもの)を復元・作曲した作品です。復曲にあたったのは、宮内庁式部職楽部楽師で、伶楽舎の創立音楽監督であった芝祐靖氏(1935-2019)。
後半の最初が、橫川朋弥氏(1988-)による新作《星摘み》。ヨーロッパで活躍する若き作曲家が、雅楽に新風を吹き込みます。世界初演に立ち会う、期待と緊張のひとときです。
コンサートの締めは、戦後を代表する作曲家のひとり、一柳慧氏(1933-2022)の《プラーナ PRANA》です。正倉院の復元楽器「箜篌(くご)」が印象的に使われています。
時代と地域を超えて、豊かな音楽を紡ぎだしてきた雅楽の世界。どうぞ心ゆくまでご堪能ください。
橫川朋弥
2011年、東京学芸大学を卒業。
これまでに作曲をエレーナ・メンドーザ、クラウス・ラング、山内雅弘、金田潮兒、塩崎美幸の各氏に師事。
2013年に渡欧、グラーツ芸術大学学士課程を最優秀、ベルリン芸術大学修士課程を優秀成績で修了。
国際作曲コンクール Città di Udine(2023)およびTorre Della Quarda優勝(2018)。
Claussen-Simon 作曲賞ファイナリスト(2023)。