2025年度から新たに始まる「江戸東京伝統芸能祭」は、半世紀以上にわたり親しまれてきた「都民芸術フェスティバル」を継承し、能楽、日本舞踊、邦楽、寄席芸能、民俗芸能など、日本の伝統芸能に特化した祭典として生まれ変わりました。本格的な舞台公演から、気軽に参加できる体験型ワークショップまで、子どもから大人まで幅広い世代にお楽しみいただけます。

執筆 : 中村こより|写真 : 新宮夕海

能楽、歌舞伎、日本舞踊、邦楽、雅楽、寄席芸能、民俗芸能など、長く受け継がれてきた芸を体感できる「江戸東京伝統芸能祭」。
そのプレイベントとして、10月24日(金)〜26日(日)の3日間にわたって日本橋三越本店の中央ホールにて
「花のお江戸の伝統芸能祭!はじまりはじまり!」が開催されました。
初日は「江戸邦楽の繁盛と踊り」と題し、浄瑠璃や長唄などの江戸邦楽について実演とトークを交えながら紹介。
そのライブレポートをお届けします!
大きな天女像を見上げる、5階まで吹き抜けの中央ホール。重厚感のある豪華絢爛な会場に、唄と三味線の音が響きはじめます。やがて、古典芸能解説者・葛西聖司さんの「江戸の夜の音楽と思ってお聴きください」という言葉と共に、新内の一座が階段を降りて登場!太夫と三味線奏者の3人は着流しで、頭には吉原被りと呼ばれる被り方の手拭いがあります。
三味線の伴奏で物語を語る浄瑠璃のひとつ・新内節(しんないぶし)は、江戸時代にこうして街中を歩きながら演奏していたもの。「現在は、パーティーなどに呼んでいただいたり、お茶屋さんを貸し切って演奏することもあります」とは、太夫の岡本宮之助さん。特徴は、一般的な三味線の撥よりも小さな小撥(こばち)を使うことなのだとか。
演奏されたのは「蘭蝶ーお宮口説」(らんちょうーおみやくぜつ)。二枚目の男・蘭蝶に恋人・此糸ができてしまい、妻のお宮に愚痴を言われるという場面です。哀調を帯びた旋律の語りとやさしく寄り添う三味線の音色は、繊細で切々と心に訴えかける響き。会場全体がじっと聴き入っていました。

続いての演奏は、長唄のみなさんによる江戸の浄瑠璃。『鏡獅子』(かがみじし)より「大薩摩」(おおざつま)です。細棹三味線を使った芯のある音色と張りのある声は、思わず圧倒されるほどの迫力!
物語を語る浄瑠璃に対し、歌舞伎の伴奏として発展した長唄。「浄瑠璃と長唄の唄い方は違うのですか?」という葛西さんの問いに、唄方の東音西垣和彦(とうおんにしがきかずひこ)さんは「浄瑠璃の方が難しく、長唄は発散できますね」と答えていました。今日は、それらを一度に聴き比べられるという贅沢な機会!
さらにお囃子も加わって披露されたのが、「君が代松竹梅」という日本舞踊。今回は松竹梅のなかでも松と梅のくだりで、松には天女の舞を披露する場面もあります。「歴史ある天女像の前で踊らせていただけて、大変うれしいです」と若柳杏子(わかやぎきょうこ)さん。日本舞踊はいくつもの流派があり、「今回は若柳流ではなく吾妻流(あづまりゅう)の振付で踊りました。吾妻流ならではのかわいらしい振付を楽しんでいただけたらうれしいです」。
また、お囃子が加わったことでぐっと華やかになった音色についても葛西さんが解説。「三味線と鼓には、木の胴の両面に皮を張っているという共通点があります。三味線は弦楽器でありながら打楽器としての要素もあるんです」とのこと。



この日の締めくくりとして披露されたのは、歌舞伎の名曲であり長唄としても人気の「勧進帳」です。「歌舞伎で最も人気のある演目のひとつですが、それは長唄とお囃子のドラマチックな演奏があるからこそ」と葛西さん。能の演目「安宅」(あたか)が元になっており、三味線が途中から加わって緊張感のある力強い演奏で盛り上がりは最高潮に!
日本橋三越本店の中央ホール全体が拍手に包まれるなかで、「江戸邦楽の繁盛と踊り」のイベントは幕を閉じました。


今後は、「江戸東京伝統芸能祭」の一環として下記の公演が予定されています。
・第67回日本舞踊協会公演(2026年2月14日・15日 浅草公会堂)
・第55回邦楽演奏会(2026年3月7日 三越劇場)
また、新内節の演奏会や国立劇場主催の邦楽公演、2026年に創立100周年を迎える長唄協会の演奏会も予定。
・新内節 岡本宮之助の会(2025年12月14日 浅草公会堂)
・邦楽公演(2026年1月24日 新国立劇場)
・長唄協会 記念演奏会(2026年1月25日 NHKホール)
解説も聞きながら間近に鑑賞できる機会はなかなかないうえに、生の声や音の迫力、会場の空気を巻き込む緊張感は、とっておきの体験。邦楽になじみがなくても、その魅力の一端をしかと堪能できるひとときです。さらに知識を得て、公演会や演奏会にも足を運んでみたいと感じられます。少しでも興味が沸いた方は、ぜひ公演情報をチェックしてみてはいかがでしょうか。





中村こより
1993年東京生まれ、北海道育ち。
月刊誌「散歩の達人」などで街を歩いたりお店の話を聞いたりする記事を執筆。
地形図や古地図を眺める趣味が高じて江戸の文化も勉強中。