奥深い歌舞伎の世界を学び、それを彩る音を体感!江戸東京伝統芸能祭プレイベントライブレポート

執筆 : 中村こより|写真 : 新宮夕海

能楽、歌舞伎、日本舞踊、邦楽、雅楽、寄席芸能、民俗芸能など、長く受け継がれてきた芸を体感できる「江戸東京伝統芸能祭」。
そのプレイベントとして、10月24日(金)〜26日(日)の3日間にわたって日本橋三越本店の中央ホールにて「花のお江戸の伝統芸能祭!はじまりはじまり!」が開催されました。
3日目のテーマは「歌舞伎の魅力、その音楽、そして芝居小屋」。1回目は歌舞伎俳優、2回目は歌舞伎音楽演奏者のゲストを迎えて歌舞伎の魅力を掘り下げるトークイベントのライブレポートをお届けします!

日本橋の芝居小屋と三越の歴史 ——

高く吹き抜ける空間にそびえる天女像が、続々と集まる来場者を静かに見守る中央ホール。この日は古典芸能解説者の葛西聖司さんが案内役を務め、1回目は歌舞伎俳優・中村京蔵さんとの対談です。

まず触れられたのは、会場・日本橋三越本店がある日本橋という場所の重要さ。「日本橋界隈には、芝居小屋がたくさんありました。今でも1軒ありますが、それが三越劇場です」と京蔵さん。「戦災で歌舞伎座が焼失してしまった後、再建までの5、6年間は、三越劇場と築地の東劇で歌舞伎興行が行われていました。ここは戦後の歌舞伎を支えた場所だったんです」。
戦後は“三越歌舞伎”とも呼ばれ、名だたる名優が研鑽を積んだ三越劇場は、2027年に100周年を迎えます。中村京蔵さんのお師匠である四世中村雀右衛門さんは人間国宝の女方ですが、当初は立役の修業をしており、女方としてのデビューの場が三越劇場だったとか! その歴史と歩みに改めて感銘を受けます。
京蔵さんは三越とも深い縁があり、大学卒業後に国立劇場養成所の募集までの1年間は、三越劇場の事務所でアルバイトをしていたのだとか。会計ソフト「勘定奉行」のテレビCMに長年出演していることにも触れられ、おなじみの「おまかせあれ!」のセリフを披露して会場から拍手が沸き起こっていました。

フランス悲劇を和様式で上演する試みも ——

とはいえ、京蔵さんは女形。歌舞伎舞踊の代表作のひとつ「京鹿子娘道成寺」(きょうかのこむすめどうじょうじ)など、女方を演じる京蔵さんの写真もいくつか紹介されました。
「『娘道成寺』は、女方なら生涯に一度は踊ってみたい演目です。次々に衣裳が変わるのですが、師匠からは衣裳の色に合わせて踊り方を変えなきゃいけないと口を酸っぱくして教わりました」と京蔵さん。
これまで幅広い役柄に挑戦しており、蜷川幸雄さん演出の「NINAGAWA・マクベス」での魔女のほか、ギリシャ神話をモチーフにしたフランスの悲劇「フェードル」を和様式で上演したことも。海外公演も多く、歌舞伎のレクチャーをするなど日本文化を世界に発信しています。女方の化粧をする工程にも触れ、「カツラも衣裳も大変な重さで、相当な体力が必要なんですよね」という葛西さんの言葉には、京蔵さんも「歌舞伎は化けてなんぼですからね」と頷いていました。
楽しいエピソードも交えながら、歌舞伎の奥深さ、難しさ、そして可能性の広がりを感じられる対談でした。

普段は見ることができない黒御簾音楽 ——

2回目は、歌舞伎の舞台に彩りを添える黒御簾音楽(くろみすおんがく)がテーマ。ステージには鳥羽屋三右衛門社中(とばやさんえもんしゃちゅう)のみなさんが登場し、歌舞伎座で開演30分前に演奏される「着到」(ちゃくとう)の演奏から始まりました。太鼓や能管で演奏される小粋な音色で、わくわくと高揚した気分に! 開場時に演奏される「どんと来い」と聞こえる拍子の太鼓も紹介されました。
「歌舞伎のさまざまな場面で演奏がありますが、黒御簾という黒い囲いのなかで演奏されるものが黒御簾音楽と呼ばれます」と葛西さん。「歌舞伎は実に立体的で、暮らしのなかで聞こえてくる音を、こうした太鼓や笛、三味線で描き分けているのです」。
太鼓で表現する風の音や雨の音、三味線も加わって隅田川の情景を表す「佃の合方」(つくだのあいかた)、そして笛で奏でる鳥や虫の声など、ひとつひとつ実演して解説。太鼓のバチを変えて表現される雪の音からは、しんしんと降り積もる静けさが伝わってくるから不思議です。
また、唄方が入る曲も演奏。田舎の田園風景、吉原の廓の音、煌びやかな御殿の場面など、それぞれのシーンの解説も添えながら披露されました。実際の上演時には、役者さんの演技にあわせて速さを変えるなど調節しながら演奏しているそうです。

三味線は打楽器? ——
意外な楽器の共通点 ——

さらに、楽器そのものにも注目。冒頭の「着到」でも吹いていた笛の音は、「ひしぎ」という高くて鋭い音色でした。三味線にも、さわりと呼ばれるビリビリと響く音があります。ストレートな音だけではなく、重なり合った複雑な音が重要な要素なのです。
「三味線は、木でできた胴体の表裏に革を張っているもので、実は太鼓と同じつくり。バチで革面を打つ打楽器的な音だから、お囃子と音の共通点があるんです。笛もまた、メロディを奏でるものであると同時に間を刻むものでもあります」と葛西さん。
最後は、華やかな吉原のにぎわいを描く音が演奏されて締めくくり。音の捉え方や楽器の響きの聴こえ方がすっかり変わり、歌舞伎や邦楽の鑑賞がぐっと味わい深くなりそうな体験でした。

歌舞伎の世界をのぞく——
この春、注目の公演情報 ——

近年は、歌舞伎の街・日本橋を盛り上げようという動きもあり、映画『国宝』でも注目を集めています。2026年3月7日には三越劇場で第55回邦楽演奏会が予定されており、和楽器体験コーナーも設置されるとか。歌舞伎の魅力に触れ、そこに彩りを添える音楽の奥深さをも知るチャンスをお見逃しなく!

中村こより

1993年東京生まれ、北海道育ち。
月刊誌「散歩の達人」などで街を歩いたりお店の話を聞いたりする記事を執筆。
地形図や古地図を眺める趣味が高じて江戸の文化も勉強中。

このコラムについて
企画
  • 主催企画
ジャンル
  • ライブレポート
  • 歌舞伎
  • 邦楽
対象
  • 入門者向け