能楽師 武田宗典さんが語る能の魅力と、初心者から経験者まで誰もが楽しめる「能楽体感」のすすめ

インタビュアー・編集 : 渡邉陽子|撮影 : 飯田耕治

600年以上の歴史を紡ぐ能楽の第一線で活躍する、観世流シテ方能楽師、武田宗典さん。
年間約100回の舞台に立つ一方、通算1000回を超える能楽講座を国内外で実施。さらには能を五感で楽しむイベント「能楽体感」をプロデュースするなど、初心者へ向けた発信にも情熱を注いでいます。
武田さんの能への思いやお稽古について、そして「能楽体感」の見どころなどを詳しくご紹介! 武田さんの能楽への思いがぎゅっと詰まった、充実のインタビューをお届けします。

終わりがないから面白い!
一生をかけて挑戦する能楽 ——

武田宗典(以下、宗典) : 私にとって能楽の魅力は、一言で言い表すのが難しいほど奥深いものですが、生涯をかけて挑戦できる役が常にあることが醍醐味といえます。私の父は今年で78歳になりますが、73、74歳になっても初めて挑戦する役がありました。能の最高峰といわれる『関寺小町』という作品ですが、いくつになってもたどり着くべき高みがあることは、私がこの道に進んだ動機のひとつとなっています。
もちろん観る側にとっても楽しみは尽きません。初めてご覧になる方には、まずその音や見た目の美しさを、「美の洪水」を浴びるように体験していただきたいですね。そして、次第に鑑賞に慣れてくると、目に見えない世界を自分のなかで想像する楽しさがわかるようになります。「今は海の中にいるんだな」と情景が浮かんできたり、一人の役者の後ろに大勢の人の気配を感じたり。能動的に物語を補完できるようになるのも、能ならではの奥深さだと感じます。

体を動かし声を出し、
身体感覚で理解する能 ——

宗典能のお稽古では、まず体を動かすことや声を出すといった、身体的な面白さから入っていただくようにしています。実際に「すり足」をしてみると、その大変さに驚かれたり、思ったより声が出ないことに気づかれたり。こうした現象そのものの手応えから始めていただくのです。物語の内容に深く入り込むのはその後でよいと考えています。まずは役になりきってみる楽しさを、肌で感じていただくことを大切にしています。
お稽古に初めて能に触れる方々がまず圧倒されるのは、私が出す声のボリュームです。その大きさに、「こんなに大きな声を出すんだ!」と、みなさん一様に衝撃を受けられます。また、一見すると静かなイメージの能ですが、実は激しく力強い舞があり、全身の筋力を必要とする点も意外に思われるところです。音楽をされている方からは、五線譜とは違う音の取り方や倍音の響きに発見があると言われますし、武道に親しまれている方は、重心のかけ方や足の運びが自身の競技と似ているようでいて異なることに、興味深い反応を寄せられます。
こうした気づきは、聞いているだけでは決してわからない、やってみて初めてわかる感覚です。そしてさらに研鑽を積んで能への理解がより深まったとき、初めてその真の難しさを実感されるかもしれません。

スマホもフル活用!
進化するお稽古 ——

宗典個人的には、現在のお稽古は昔に比べ、かなり丁寧になったという印象を受けます。かつては師匠から「見て盗む」スタイルが主流でしたが、今は理論的に説明することが増えていますし、昔のように何人もまとめてではなく一人ずつのお稽古ですから、その人にもっとも合った深みのある指導ができるようになっていると感じます。
お稽古場に師匠がいる独特の緊張感は、家での練習では代えられないものがあります。「稽古」とは「古(いにしえ)を稽(かんが)える」と書くように、師匠に教わったことを正確に思い出し幾度も繰り返すことが、本来のお稽古です。そのため、私はスマホなどをフル活用した録音や録画を積極的に推奨しています。かつては録音も禁止されていた厳しい師匠もいらしたようですが、せっかく今の時代に能を学ぶのなら、便利なアイテムは有効利用しない手はありません。とはいえ、動画を撮って安心するのではなく、先生の姿だけでなく自分の姿も記録して、師匠の教えと同じことができているかを確認する道具として使いこなしていただきたいですね。
最近は、若い方からお仕事をリタイアされた方まで、明確な動機を持って入門される方が増えました。海外から「来日したときにお稽古を受けたい」と申し込みをいただくこともあります。能を体感したいという熱意に触れるのは、私にとっても大変うれしく、ありがたいことです。プロもアマチュアも、昨日までの自分を一つずつ超えていく姿勢に変わりはありません。

宗典能の舞台は、個々の技量を持ち寄って作り上げるジャズセッションに近いものがあります。演者の解釈やその場の空気感によって上演時間が20分以上変わることもありますが、それこそが能の面白さです。こうした一期一会の魅力をより多くの方に知っていただくため、普及活動にも力を注いでいます。
私は代々、能楽師の家に生まれながら、20代の頃には大学で演劇を学ぶなど、あえて能から距離を置いた時期もありました。その頃に得た経験は、振り返れば得がたい糧となり、現在の表現の引き出しにつながっています。父から「能を継げ」と言われたことは一度もありませんでしたが、それが逆に私にとって「自分で選ぶしかない」という無言の重圧として作用していたのかもしれません。
時折、「能楽師の家系に生まれなければ能楽師にはなれませんか?」「仮に能楽師になれても、活動の機会は限られてしまいますか?」といった質問を受けることがありますが、答えはいずれも「ノー」です。家系に関わらず、本人の努力次第で、第一線として活躍できる道は確実にあります。観世流のシテ方のなかには、ご両親がまったく違う職業であっても、私と同じように舞台の主役を年間何番も勤めている仲間が何人もいます。能楽師の家系出身であってもなくても、能の世界に溶け込もうとする努力を惜しまなければその先に確かな道が続いているということは、声を大にしてお伝えしたいですね。

能楽堂という非日常空間で、
五感で楽しむ「能楽体感」——

宗典銀座の観世能楽堂で開催される「能楽体感」は、能の解説と体験、そして実際の鑑賞という3つのステップを、約2時間の間にぎゅっと凝縮したプログラムです。この催しの大きな特徴は、能楽師だけで進行するのではなく、進行役としてMCの方がいらっしゃる点にあります。MCが初心者の視点に立ち、お客様を代表して質問や感想を伝えてくださることで、疑似体験をしながらより深く能の世界を理解していただける構成になっています。
小学生からシニアまで幅広い層にお楽しみいただけますが、特にお子さんが退屈することはありません。一例として、今回上演する『土蜘蛛(つちぐも)』では、千筋(ちすじ)の糸を出す演出など、能のなかでもとりわけダイナミックで見応えのある場面を厳選してお見せします。
「体感」を重視したプログラムなので、客席でじっと座って話を聞くだけでなく、実際に声を出し、体も動かしていただきます。これこそが「身体感覚で理解する能の面白さ」です。

宗典「体感」という言葉に、スピーディーな展開と密度の濃い内容を込めたいという思いがあったからです。例えば能の実演では、一番の見どころをハイライトで鑑賞いただくという現代的な見せ方を追求しました。また「能と狂言、所作比べ」という試みでは、ご来場のみなさまが想像していない形で能と狂言の立ち振る舞いや身のこなしの違いをご覧いただくため、「なるほど」という学びだけでなく、エンターテインメントとしてもお楽しみいただけるようにしました。
一方的な講演ではなく、お客様と一緒に場を作り上げていく感覚を大切にしてきたこの催しは、過去の開催でも大変好評を博してきました。今回は能楽堂という非日常の空間で、より特別な時間としてお過ごしいただけます。私自身も自信をもっておすすめしているプログラムです。
能の舞台はリハーサルなしで臨むこともある真剣勝負の世界ですが、その場でしか生まれない本物の緊張感が客席へ波及する瞬間こそ、このイベントの醍醐味といえます。能の奥深い世界と魅力を感じていただければ幸いです。

その場の空気でアドリブも?
お客様と一緒に作るライブ感 ——

宗典「能楽体感」に向けて、事前の準備はもちろん大切ですが、実際の会場の空気も大切にしています。そのため、あらかじめ周到に準備していたことでも、その場の雰囲気に応じて柔軟に内容を変えることも珍しくありません。ガチガチに固めてしまうのではなく、お客様の反応に合わせたアドリブを交えることで、その瞬間にしか生まれないライブ感を共有したいのです。以前開催した鼎談でも、相手から最初の打ち合わせ時とはまったく違う質問ばかり投げかけられたことがありました。けれどそれがきっかけで会話が弾み、会場の雰囲気もぐっと和やかになりました。
こうした「場が動く」面白さは、お稽古で大切にしている「相手の呼吸を測る」という感覚にも通じています。この「能楽体感」にはお子さんも多く参加されますが、親御さんに誘われるだけでなく、お子さん自身が糸や刀の立ち回りに興味を持ち、「行きたい」とリクエストするケースも少なくありません。今の時代、お子さんたちは動画などを通じて自分の興味を自ら見つけていますが、会場で直接本物に触れることが、新たな発見につながる機会になればと願っています。そのためにも、今回もお客様の反応をしっかりと受け止め、柔軟に場を作っていきたいと思っています。

能の入口にも、深掘りにもなる
唯一無二のプログラム ——

宗典 私はこれまで数多くの舞台に出演してきましたが、「能楽体感」は、特に初めて能に触れる方にこそおすすめしたいプログラムです。観世能楽堂という格式ある場で、ハードルを下げて本物に触れることができます。過去2度の評判も非常に良く、いらしていただいたみなさんには、必ず楽しんで帰っていただけるという自信があります。きっとこれまでの能の概念がガラリと変わり、新たな興味を持っていただけるはずです。また、ここでしか行わない試みやほかでは体験できない演出が満載ですので、すでに能に親しまれている方にとっても新たな気づきなどがあるかと思います。
伝統芸能の門戸は、私たちが考えている以上に広く開かれています。能楽が未来へと続いていくための大切な入り口としてこの催しを育てていきたいと思っていますので、能の新たな魅力を発見できるこの機会に、ぜひ会場へ足をお運びください。

能楽体感

2026年2月28日(土)、観世能楽堂にて開催!
客席で囃子や謡、能狂言の所作を体験したり、能を鑑賞したりと、
能楽の魅力を多面的にまるごと体験できるプログラム!
日本の伝統芸能・能楽に初めてふれたい方は、
ぜひお気軽にお越しください!

武田宗典

観世流能楽師シテ方。早稲田大学第一文学部演劇専修卒。
武田宗和の長男として生まれ、父および二十六世観世宗家・観世清和に師事。重要無形文化財総合指定保持者。
年間約100回の舞台に出演するほか、国内外で通算1000回を超える能楽講座を開催。
2008年より能楽体験講座「謡サロン」を主宰。
2017年に自主公演「武田宗典之会」を発足。観世会理事、能楽協会会員。

このコラムについて
企画
  • 主催企画
ジャンル
  • インタビュー
  • 能楽
対象
  • 入門者向け
  • 親子で楽しめる